『風が強く吹いている』ー走るとは「風」になることー
僕は元長距離ランナーであるが、本書はリアリティが半端ではない。
もちろん箱根駅伝出場などのあたりはファンタジーと言われてもしかたないかもしれないが、ランニング中の感覚描写などは非常にリアルであり、驚きを持って読み進めた。
著者は元ランナーかと思ったが、「小説家の想像力」を持って本書を書いたということなので、ますます凄いと思った。
長距離の魅力は、誰でも練習すればするだけ成果が出るというところにある。
短距離や特別の才能が必要な競技とは違い、地道さがものを言う。
駅伝とは不思議な競技だ。
本来ランニングという個人競技が、駅伝となったとたんに極めてチーム性の高い競技に変わる。
自分が1秒でも早く走り切れば、それはチーム全体の1秒を削ることになり、またチームの他の選手を助けるのである。
だからこそ選手は普段以上の力を発揮し、見るものに感動を与えるのであろう。
「道端の杉の枝が、真っ白な雪を載せて重そうにしなっている。幹は黒く濡れ、山は一晩のうちに、単色のうつくしい世界に変わっていた。それらの風景は目の端に映ったとたんに、後方へ流れる。映画のフィルムよりも速く、なめらかに」(p.529)
思えばトラックを走るのが嫌いだった。
自然の中に埋没していく自分の感覚が好きだったのかもしれない。
考えてみれば走っている間は、間違いなく自分が生きていることを実感できていた。
「動く」動物としての本能なのだろうか。
なんにしても、本書は僕の走りの記憶を呼び覚まし思い出させてくれた。
著者の情熱には脱帽するしかない。
孤独の中に生きるランナーの気持ちを伝えてくれる。
三浦しをん『風が強く吹いている』新潮社